ぬるいスープと、とある感情

 「俺は料理が下手なのか……」

 「急にどうしたの」

 店の昼休み。ちょうど休憩と称して遅めの昼食をとっている時に、ノワールが眉間にシワを寄せ突然つぶやいた。

 時刻は14時。窓から入る光が温かく心地よい。店内のカフェスペースに向き合って座り、ボクたちはお互いに食事を楽しんでいる。

 はずだった。

 ボクはスープを掬ったスプーンを口元から食器の元におろし、そのまま疑問を投げかけた。

 「誰かに何かいわれたのかい?君の料理を食べる人なんてそんなにいないはずじゃ……」

 言いかけて、僕は止まる。ノワールはずっとボクの目を見て睨んでいるのだ。元から目つきの悪いノワールだが、今回ばかりははっきりと睨んでいるのがわかる。

 「えっと、ボクが何かしたとか……」

 「お前、食事が楽しくないのか?」

 またしても唐突な問いかけに、どうしていいか分からず食事の手が止まる。

 ノワールは睨んだかと思えば、今度は不思議そうに、疑いの目でこちらを見てくる。

 「お前、普段はヘラヘラ笑うのに俺との食事の時は全然笑わないよな」

 「そうかな」

 「そうだから言ってるんだが」

 言葉は少しキツイものの、ノワールは純粋に気にしているようだった。

 食事をしていて全く笑っていないことなんてあっただろうか。少なくとも、過去にノワールと一緒にパンを食べた時は笑っていたはずだ。

 「やっぱり俺の料理が……」

 「たしかに最近は新レシピの試作であんまり眠れていなかったからそれで疲れてるのはあるけれど……」

 ノワールが何か言いかけていたが、遮って話してしまった。「なんだい?」と聞いたら「なんでもない」とそっぽをむかれた。

 ふと、最初の問いを思い出す。「俺は料理が下手なのか」と、ノワールはそう言っていた。

 そして思い返して、ようやくわかった。ボクがずっと新作レシピの試作を作っている間、普段の料理などの家事はノワールが手伝っていてくれていた。そのお礼を言い忘れていたことに今気がついたのだ。

 朝も昼も夜も頭の中はレシピのことばかり。出された食事は食べるが、最近は片し次第すぐに調理室や自室に籠る日が続いている。

 「ノワール」

 「んー……」

 名前を呼ぶとノワールは顔を合わせないまま、か細く、間延びした返事を返す。

 「ご飯や洗濯、いつもありがとう」

 「……!」

 ボクの声を聞いた途端、ノワールはそっぽを向けていた顔をぐるりとこちらに向けた。

 「このスープも美味しいよ」

 「それは、まあ……うん……まあ、そうか、うん……」

 動揺しているのか、歯切れが悪い言葉をノワールは繰り返している。途中からは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 「……お礼、ちゃんと言えてなくてごめんね」

 ボクは先程気づいたことを詫びた。当たり前とは思わなかったが、当たり前のように過ごしていてしまったのだ。

 「それは、お前は疲れてたし……俺も料理はまだ上手くないし……」

 いつもとは違う、しおらしい姿に少しだけ噴き出してしまった。

 「……なんだよ」

 向けられた視線は再びボクを睨んでいる。今度は少しだけ怒って。

 「いや、ノワールなりにちゃんと考えてくれてるんだなって思って」

笑いながら、ボクは答える。

 人間ではないこと、人間になれないこと。自分は「まともな感情」を持っていないと思い込んでるノワールにだからこそ、この皮肉を伝えたい。

 「ずいぶんと『人間らしく』なったよね、君も」

 それを聞いたノワールは目を丸くした後、もう一度ボクを睨んだ。でも少しだけ口角を上げて、

 「いい性格のやつが近くに居るからじゃねえかな」

 と、嬉しそうに悪態をついて答えるのだった。

2023/02/11  擱筆