人造人間の独白

 人間が、憎かった。
 オレを縛って、モノとして扱った奴らがひたすらに。
 だから壊した。壊し続けた。
 上がる悲鳴、築かれる死体の山。でもオレの今までを奪ったのは、”オレ”を造ったのはコイツらだと。そう思うと怒りと憎悪に支配され、体が勝手に動いていた。

 憎いのはオレを造った奴であって、今殺している奴らではない。
 そう意識がありながらも「人間とは分かり合えない」と思い破壊の限りを尽くした。

 「…オレの過去なんて、ちっぽけなもんだろ。憎むべき相手すら見失い、力任せにありとあらゆるものを人間から奪った。」

 罰が、欲しかったんだ。
 …けど、コイツは真剣に聴いていた。
 「ボクらが犯した罪と、君が犯した罪は、違うものだと思うよ。罰を受けるべき、なんてことはボクには言えないけれど、でも君が辛かったのはよくわかるから。」
 「君は君なりに、ボクらの罪を清算しようとしたんだ。」
 …考えが甘い。しかし心のどこかで、そう思っていいのかと、寄りかかってしまいそうな自分がいることが悔しい。
 「…オレは、どこかで必ず罰を受けるべきだ。」
 できれば、お前の知らない所で。遠いどこかで、と続けた。
 案の定、コイツは哀しそうな、複雑だと言ったように膝の上で手を握りしめて黙ってしまった。


 人間は嫌いだ。でも、コイツは今までのヤツらとは違うのははっきりわかる。どうしようもない犯罪者のオレにすら手を差し伸べようとしている。
 世間じゃ、コイツのことを馬鹿だと嗤う奴らがいるのだろう。犯罪者に手を差し伸べる奴なんて、もはや共犯者だ。それに、オレはコイツの家族を……。

 …沈黙が続く。お互いに考えてることはある。だが、それをどう表現していいか分からない。伝えてしまってもいいのかすら分からない。そんな静寂だった。

 「ねえ、ノワール」
 先に、ブランが口を開いた。
 「君は、幸せになりたいかい?」
 口をつぐむしかなかった。そんな資格なんて、今更どこにもない。幸せを奪った奴に待ち受けているものがどんなものか、コイツでさえ知っているというのに。
 まだそんなことを、オレに問うのか。


 「全てのしがらみがないとしよう。君が誰も殺していない、1人の”普通の少年”だったとしよう。……君は、幸せになりたいかい?」
 「……一度だけ、夢見たことがある」
ブランがこちらを見つめ、話の続きを待っている。
 「何故造られたのか。人間とはどういう存在なのか。一度だけ、冷静になって考えた。」
 それは、今まで自分が信じてきた正義を裏切る行為だった。


 「考えてわかったのは、オレはどこまでも孤独だということだ。罪を犯した。もちろん同じ身体の仲間すらいない。人間を殺せば殺すほど、自分を孤独へ追い詰めていた。」
 それは、おそらく自傷行為というものだと思う。
 「最初は無我夢中だった。でも、途中で疑問を持った。この行動を辞めてしまった時、オレは一体何のために居るのだろうと。自分の存在意義が無くなるのが怖かったんだと、初めて気づいた。だから、それを搔き消すようにオレはさらに殺しを続けた。」


 …ブランは黙って、オレの独白を聴き続けていた。
 「ある日、願ってしまった。”普通”になれたら、どれだけ楽だろう。消えてしまって、生まれなければどれだけ救われただろうと。」


 それは負のスパイラルだった。生まれることを望まなかったオレは人間を憎み、殺しをすることでしか存在を確かめられず、そして寂しさを感じた時にまた人間を憎む。
 「ブランの言う通り普通だったんなら、オレは幸せを願いながら過ごしてただろうな。…もしもの、夢物語でしかないが」

 「…ねえ、ノワール?」
 「…なんだ?」
 夜のせいか、灯りひとつしかない部屋でブランの表情を読み取るのは困難だった。何を考えているのか、わからない。
 「見つけようよ、存在意義」
 「ううん、本当はそんなものなんてなくたって、君はここに居てもいいんだ」
 表情は見えない。しかし優しい口調で、ブランは続けた。
 「いつか、罰を受けるべき。たしかにそれは間違いじゃない。ノワールの中の精一杯の誠意で、罪滅ぼしだ。」
 「でも、罰は自傷行為のためのものじゃない。せめて、君のその自己嫌悪がなくなるまでは、罰は受けるべきじゃない」
 ってボクはそう思うなあ、と恥ずかしそうにブランは付け加えた。
 「…甘いな、おまえは」
 どこか、肩の荷が降りた心地がした。
 自己嫌悪がなくなるまでは、オレは幸せを願っても良いのだと。
 初めて、許された気がした。
 オレは、自分が生きていることを許せていなかったんだ。それを今、コイツに教えられた。


 …ありがとう。
 聞こえないくらいの声でつぶやいたつもりだった。
 「どういたしまして」
 ブランは律儀にオレの言葉を拾った。 

 これからどうなるか、なんてわからない。もうすぐそこに罰はあるのかもしれない。

 だが、今夜。1人の人間に許された今夜だけは、この自由を、幸せになりたいという願いを噛み締めていたいと思う。

2021/2/3 レイアウト変更

2023/04/05 加筆修正