出会いの話

 ある日のこと、なんてことない休日。天気は快晴、絶好の収穫日和とはこのことだ。

 ボクは山できのみの収穫をしていた。どれもボクが自主栽培しているものだ。真っ赤なラズベリー、青黒いブルーベリー。果実のツヤが、そのみずみずしさを謳っていた。

 その日は少し拾い物をして帰ろうとしていた。自分の目に入った興味深いものを拾い、家に持ち帰る。ボクの癖だった。

 山奥まできて拾い物を終え、そろそろ帰ろうとしていた時。

 …出会うべきじゃなかったのだろうか、出会うことが運命だったのだろうか。

 帰り道、黒い”何か”を山奥で見つけた。その”何か”が息をしていることで、初めてそれが生き物だとわかった。

 「大丈夫かい…?」

 間を取りつつ声をかける。
 …返事はない。
 その黒い生き物は人間のように見えた。というのも、そう呼ぶにはあまりにもかけ離れた姿をしていたから。
 焼けただれ赤黒く変色した肌、ボロボロになり元の色すらわからないただの布切れになっている服。開きっぱなしだが見えていないのだろう、真っ赤な瞳が時折キラキラと日差しで輝いた。
 辺りには焦げた匂いが少ししていた。火事から逃げてきたのだろうか、それにしても酷い有様だ。

 ……もう助かりはしないのは目に見えていた。

 「…?誰だ…」
 「…!」
 吃驚した。もう喋る体力なんてないだろうと思っていた。
 「す、すぐに助けるよ…!まってて」
 そう言って駆けだしてその”少年”に近づいた。

 少年を背負い街へと続く路を進み、街のみんなに声をかけ少年を治療した。少年はその間、一言も言葉をこぼさなかった。
 不思議なことに、街へ着くころには少年の火傷は無くなっており目立つ傷は擦り傷のみで、ちょっとした手当てを施した後自宅のベッドへと運んだ。

 (見間違い、じゃないよなあ…。傷がどんどん勝手に治っていってる…)
 考えた後、ベッドに横たわる彼に声をかけた。
 「君は、何者なの…?」
 「あぁ、死にそうだ。あんたが殺すのか?」
 彼は背を向け、自嘲気味に、鼻で笑いながらボクに聞いた。

 …まるで会話が成立しない。
 「そんなことしないよ。理由がない」
 「じゃあ理由があればやるのか」
 少年はなにかを知っているかのようにボクに聞き続けた。

 「…バシェレリーだったか」

 彼は体を起こし、背を壁にもたれながらこちらを見る。その顔からはなんの表情すらも読み取れない。
 …吃驚した。ボクのファミリーネームだ。もちろん彼が知っているはずがない。どうして…
 「オレが4456日前に食べた人間のツガイの名前だ」
 身体中の血がサーッと引いていくのをを感じた。
 人間の、つがい。

 ボクは両親を10年以上前に”ある事件”で亡くしていた。
 とても有名な連続殺人事件。殺人鬼による怪死体が山のように築き上げられている事件だ。

 ボクの両親はその事件のひとつに巻き込まれ亡くなったと聞いた。
 ある時は鋭利な刃物で、ある時は獣のような爪の後を遺している現場から、複数犯の可能性を挙げられていたが…

 「き、みが、”怪事件の悪魔”…?そん、な、バカなこと…」

 声が上ずり続けている。
 心臓がバクバクと鳴り、考えもまとまらない。 

 「お前の親を殺したのはオレだ。」
 そんなボクにとどめを刺すかのように彼は言葉を続けた。

 「さあ、仇は弱ってるぞ。やるなら今しかねえんじゃねえか?」

 なにを、やるんだろう。

 「殺せよ、殺しちまえ。楽になるだろ?スカッとするだろ?ずっと悩んでたんじゃねえのか?」
 ああそうだ、ボクはずっと悩んでた。

 「…やるよ。使えばいい。」
 カランッと、何かが床に落ちた。少し小さめのナイフだった。

 これを使えば、仇はとれる。
 なにより、これからは怪事件が起こらなくなる。みんな怯えず、また幸せに暮らせる。いいことばっかりじゃないか。やらないわけがない。

 でも、動けなかった。

 「…?なにしてんだおまえ」
 「…ちがう、そうじゃないんだ…!」
 気づいたら、目から涙が出ていた。
 「確かに悲しかったよ、でも仇をとるとか、そんなんじゃない」
 「それに、どんなことをされたって、その人が居ない幸せなんて、絶対に願っちゃダメだ。ダメなんだ…」

 あいつがいなければ、あの人さえいなければ。誰もが思うかもしれない。でもそんなの一瞬の世迷いごとでしかない。
 本当はどうすればいいのかなんてわからなかった。逃げと言われたら逃げだと思う。でも、それでもできなかった。

 あらためて、彼の姿を見た。
 服は咄嗟に着せたボクのものを貸したから、彼の体にとっては少し大きめになってしまっている。
 傷は完全に治ってきているのか、もう苦しい表情はしていない。赤い目が窓からの日差しで揺れ、キラキラとしている。
 普通の少年。おそらく人間でないことは薄々、自分でも気付いている。

 こんな少年が「自分を殺せ」なんて言葉をさっきまで言っていたのだと思うと、なんだかおかしいような不思議な気分になった。普通の人なら信じないのだろう。嘘だろうと、冗談だろうとかわすのだろう。
 彼が言っていることは本当かもしれない。だったらボクにとって因縁の相手だ。
 なら、本当にそんな相手であるのであれば。

 「…傷は、大丈夫?」
 「は?おまえ何言って」
 「だって、もう弱ってもないんだから。結局君のことは殺せないよ。下手したら返り討ちにあいそうだ」
 少し笑いかけながら彼に話しかける。
 「そうだなあ、殺せないんじゃ仕方ないから、その残りの人生でボクの手伝いをしてよ」

 「………は?」
 今にも「アホかおまえは」と言いそうな表情で彼はこちらを見つめている。
 「殺すことはその人の人生を縛ること。じゃあ殺さないから、代わりにボクのわがままで君の人生を縛らせてもらうよ。死んだようなものじゃない?」
 自分でも冴えていると思いながら、少しだけ口角を上げ、彼に提案した。

 「……好きにしろ」
 「じゃあ、今日から君はここの従業員だ。ちゃんと早起きして、早寝して。街のみんなとも仲良くして、ご飯もたくさん食べて、楽しく過ごすことを命令するよ」
 彼は小さく「なんだそりゃ」と言い、それでも一度だけコクンと頷き承諾した。

 「そうだ、君名前は?」
 そういえばずっと気になっていた。無さそうにも見えるけれど。
 「無い」
 予想した通りの返事に、ボクは言った。

 「じゃあ”ノワール”なんて、どうかな」

 「…また、唐突だな」
 「そんなことない。10年も前からずっとあった名前だよ。…ボクの死んだ弟の名前だ」
 「事件に巻き込まれた母親が身籠っていた、ボクの弟になるはずだった子の、名前」

 …暫しの沈黙の後、ノワールはポツリと言った。
 「…そりゃ、なんつー重いもんを頂いたもんかね」
 「重いでしょ。だから、大事にしてね」

 「チーンッ」っと、部屋の外にあるキッチンから音がした。

 弱っていた彼に食べさせようと、パンを焼いていたのをすっかり忘れていた。
 「焼けたみたいだ!とってくるよ!」
 「騒がしい奴だな」

ノワールの言葉を後に、2階から1階に降りキッチンに向かう。

 やっとわかった気がした。自分がノワールに手を下さなかったもう一つの理由。
 敵討ちがどうとか、世界平和に貢献するとか、そういうことじゃない。

 自暴自棄になり「死にたい、殺してくれ」と祈っていた彼を見て思ったんだ。どうすれば彼は救われるだろうと。
 息の根を完全に留める?そのまま逃してまた独りきりにする?
 きっと何をしても彼が救われる瞬間は来ない。彼自身がそれを望まない限り。
 でもボクから行動することはできる。そうすると、では、自分が今与えるべきは罰ではなく温かいパンなのではないか、と。

 「よし!いい色だ」
 オーブンからトレイを取り出し、パンをお皿に並べる。さっそく持って行って2人で食べよう。ここから始めるんだ。ボクも、ノワールも。

2019.5.21 レイアウト変更

2023/04/06 加筆修正